福岡天神内視鏡クリニックブログ

「胃痛・胃もたれ・胸焼け」を治す新しい考え方 ~胃酸抑制の時代から知覚過敏の改善の時代へ

おはようございます。医師の秋山です。

今回はみなさんが常日頃感じることの多い、「胃痛・胃もたれ・胸焼け・(胃酸の)逆流の原因とその治療」について書きたいと思います。

胃の調子が悪くとも、なかなか病院やクリニックを受診する時間が取れない方も多いと思います。

今回は「忙しくて病院を受診することができない人でも胃の不調を改善できる方法」を書きます。

とはいえ、まずは胃カメラを受けて(ここがみなさまにとって一番ネックなのですが)、胃や食道に器質的な異常(潰瘍やがん)を認めないことが前提となります。

つまり命に関わる病気がないことで安心するところから、治療が始まっています。

そこから先は医師のアドバイスを受けて、みなさまご自身で胃の不調をうまくコントロールしていくことができると思います。

胃の不調のメカニズムを知ることで内服薬を減らすこともできますし、通院を永遠に繰り返す必要性も少なくなっていくでしょう。

できるだけ平易な言葉で書いていますが、内容はついここ1年くらいの最新の知見を踏まえた高度な内容になっています。

胃の不調を引き起こす原因の考え方が、いま医学界で大きく変化しようとしています。

それでは、一緒に見ていきましょう。

はじめに、これまで上腹部症状(胃痛や胃もたれ、胸焼け)の最大の原因と考えられていた「胃酸」と「胃酸分泌抑制薬」についてお話しします。

1964年、ヒスタミンH2ブロッカー受容体拮抗薬の原型となる「シメチジン(タガメットという薬です)」という薬剤が開発されました。

アメリカのスミスライン&フレンチラボラトリー(SK&F、現在のグラクソスミスライン社)でジェームス・ブラックらによって開発されています。

当時、ヒスタミンが胃酸を促進することは分かっていたのですが、これまでの抗ヒスタミン薬(アレルギーの薬です)では胃酸を抑えることができませんでした。

この研究によって、ヒスタミン受容体はH1とH2の2つのタイプがあることが明らかになります。

これまでの抗ヒスタミン薬はH1ブロッカーであったので、胃酸を抑制することができなかったのです。

H2ブロッカーが開発されたことで、胃酸を抑えることができるようになりました。

胃酸を抑えることができれば、胃潰瘍や十二指腸潰瘍を治すことができます

H2ブロッカーが開発されたおかげで、これまで命を落とす危険があった胃潰瘍や十二指腸潰瘍が手術ではなく内服治療によって完治するようになったのです。

胃酸分泌抑制薬の登場は、当時画期的な出来事でした。

シメチジンの開発後は、ラニチジン(ザンタック)、ニザチジン(アシノン)、ラフチジン(プロテカジン)、そしてファモチジン(ガスター)といったH2ブロッカーも登場しました。

この辺のお薬の名前は聞いたことがあると思います。

それ以降は胃潰瘍や十二指腸潰瘍は外科的手術でなく、消化器内科の医師が担当することになります。

 

そして1982年、胃潰瘍や十二指腸潰瘍ができる最大の原因はピロリ菌であることが発表されました。

ピロリ菌から胃がんに至る「本当の理由」

実際に消化性潰瘍ができた場合、H2ブロッカー内服で大部分の潰瘍を治すことができます

またピロリ菌除菌を同時に行うことで、潰瘍の再発を防止することが可能となりました。

しかし当時のH2ブロッカーでは胃酸を十分に抑えることができず、潰瘍を根治させることが難しい症例も少なからずありました。

1972年に、PPI(プロトンポンプインヒビター)という薬が開発されます。

アメリカのヘッスレー社(現アストラゼネカ社)が世界で初めてオメプラゾールというPPIを開発します。

PPIは、H2ブロッカーよりも強力に胃酸を抑えることができます。

それは、胃酸が分泌される最後の砦が「プロトンポンプ」であるからです。

H2ブロッカーは、プロトンポンプが胃酸分泌をすることを抑える下流の一部分を担っているのです。

PPIは直接胃酸を抑えるので、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治癒率が格段に良くなりました

そしてピロリ菌除菌薬にもこのPPIが用いられるようになり、除菌成功率も60~70%まで上昇しました。

その後、ランソプラゾール(タケプロン)、ラベプラゾール(パリエット)、エソメプラゾール(ネキシウム)といったPPIも開発されて、PPI黄金時代が訪れます。

そして近年、最強のPPIと言われているボノプラザン(タケキャブ)が出てきました。

このボノプラザン登場によりピロリ菌除菌成功率が90%まで上昇し、抗生剤耐性が懸念されている現在でも「胃酸を強力に抑制すること」でピロリ菌除菌が可能になりました。

以上が、胃酸分泌抑制薬(H2ブロッカー、PPI)の歴史になります。

 

さて本題に戻りますが、「胃痛・胃もたれ、胸焼け」の原因は何だと思いますか?

ここまでの話から胃の症状には「胃酸」が関与しているのではないかと想像できると思います。

しかし、実際には胃酸を抑えるだけでは、上腹部症状が改善しない人たちが多くいます。

こういった患者さんには「消化管運動機能改善薬」(略してPK)が有効なことがあります。

 

これらの薬は消化管運動を亢進させ、胃内容物の排出を促進させます。

以下PKの特徴を1つずつ紹介します。

1.イトプリド(ガナトン)

「言わずもガナトン」と呼ばれるほど有名なPKです。

胃の役割は、食道から入ってきた食べ物を刻んで胃酸とともに十二指腸へ送り出すことです。

これを「消化」といいます。イトプリドは、上部消化管(胃)に特化して作用しますので、胃もたれもするが下痢もする方に使用しやすい薬です。

2.モサプリド(ガスモチン)

消化器内科の先生では、使用する頻度が比較的高い薬です。

ただモサプリドを積極的に処方している先生は少なく、「PPIで効果がなかったときの予防線を張っておく」といった位置づけになっています。

イトプリドとの違いは、下部消化管(腸)を動かす作用も持ち合わせており、胃も調子悪いが、便秘もある方に最適です。

消化管は口から肛門まで一つにつながった、いわゆる「ちくわ」です。

便秘があるということは、便により消化管の出口が塞がれていることになります。

腸が動くようになり便秘を改善することが、胃の不快な症状を改善するきっかけになるのです。

3.アコチアミド(アコファイド)

この薬はイトプリドやモサプリドと同様にPKに分類されますが、「機能性ディスペプシア」という病名がつかなければ処方されません。

機能性ディスペプシアは、「食道や胃にがんや潰瘍がないにもかかわらず胃の不調を訴える患者さん」に付けられる病名です。

ですからこの薬は安価であるのに簡単に処方することができず、なぜか敷居の高い薬という位置づけになっています。

開発されて7年たった今でも消化器内科の医師ですら、処方することはほとんどありません。

しかしこのアコチアミドには、他のPK薬とは作用機序が異なる点があります。

さきほども書きましたが、胃の役割は、食道から入ってきた食べ物を刻んで胃酸とともに十二指腸へ送り出すことです。

直接胃の蠕動運動を亢進させる点では、アコチアミドは他のPK薬と同じです。

根本的に異なる点として、アコチアミドは脳に直接シグナルを送ることで、脳が胃に出しているある指令を止めることができます。

少し驚くかもしれませんが、胃が動かないように指令を出しているのは、実は脳なのです。

どうしてこのような指令を出しているのでしょうか。

実は胃の蠕動運動低下の原因として、「胃壁の知覚過敏」が影響していることが最近になり分かってきました。

「胃壁の知覚過敏がある」ということは、胃が食べ物を消化するために広がろうとしたとたん胃壁の知覚過敏のために痛みや不快な症状を脳が感じ取るようなしくみができているということです。

アコチアミドを2週間内服していただくと、胃もたれ・胃痛・胸焼けが70%の患者さんで改善することが分かりました。

これは驚異的な改善率であり、当時学会で発表するたびに「データがあまりにも良すぎないか」といつも批判を受けていました。

内訳としては、「今までの胃の不調が嘘のように改善した」方が3分の1、「これまでより改善した」方が3分の1、「あまり変わらなかった」方が3分の1でした。

この「嘘のように改善した」という感想は、これまでのイトプリドやモサプリド処方ではなかった感想です。

またH2ブロッカーやPPIといった胃酸分泌抑制薬よりもはるかに優れた改善率であることが分かりました。

このアコチアミドは、直接的に胃の運動を改善させるだけでなく、他の作用機序から「胃の蠕動運動の低下・胃の知覚過敏」を改善させると言われています。

これが、「脳腸相関」というシステムです。

胃壁の知覚過敏により、脳は胃から神経を通して「痛みや不快な症状」として認識します。

今度は脳からの神経を通して「これ以上動くと痛みや不快な症状が出るよ」と、胃が動かないように指令を出します。

アコチアミドはこの「負の脳腸相関」を断ち切ることで、これまでの胃の症状を改善させることが分かりました。

ただ脳のシステムを解明することは現実的にヒトの身体ではできませんから、動物実験による仮説にとどまっています。

ただ、数多くの患者さんにアコチアミドを処方している医師は、この驚異的な改善率を知って処方しているのだと思います。

4.六君子湯

ここからは漢方の話になります。

食欲が低下して、力が出ない方に効果があります。

華奢でご飯がたくさん食べられない女性に、よく効く印象があります。

漢方ははるか2000年前からあるため、「ナラティブメディスン」と言われており、効くメカニズムの解明よりも「何にせよ治ってしまえばよい」というものが多くなっています。

私はそのような漢方の特色が好きで、積極的に漢方薬を処方しています。

また、食欲を増進させるグレリンというホルモンの分泌を促進する作用も報告されています。

ほかの西洋薬のPKと併用すると、より胃の症状が改善しやすくなります。

さらにサーチュインという遺伝子に働きかけてテロメラーゼという酵素を阻害して、長生きすることができるという報告まで出てくるようになりました。

アンチエイジング医学においても大変注目されている漢方薬です。

5.半夏瀉心湯

漢方を処方する医師の中では、非常に多用される薬です。

六君子湯と同様に、胃の蠕動運動と胃の知覚過敏を改善させます。

六君子湯は食欲不振(いわゆる機能性ディスペプシア)の患者さんに効きやすく、半夏瀉心湯は逆流性食道炎の患者さんに効きやすいと捉えると分かりやすいです。

6.半夏厚朴湯

これはのどの症状に特化した漢方です。

「のどに違和感がある」「のどが詰まった感じがする」「のどに痰が絡んでいる感じがして咳ばらいをしても取れない」

といった症状にピンポイントで効果があります。

症状の治り方は、ある日突然治るというよりも、「いつの間にか、のどの症状が気にならなくなっていた」という治り方をします。

これはのどに「ヒステリー球」という球があると想定されており、女性に多いと言われています。

誤解されると困るので説明しますが、「ヒステリー」は一般的なヒステリーという意味ではなく、「hysteria(子宮)」という語源です。

7.加味帰脾湯

食道や胃の動きは、自律神経により支配されています。

日頃から疲れていたり、ストレスが溜まっている方は、副交感神経が下がり交感神経が常に興奮した生活を送っています。

加味帰脾湯は脳内のオキシトシンシステムに働きかけ、心が穏やかになることで胃の不調を改善する可能性がある漢方薬です。

今年のトピックになる漢方薬になると考えています。

 

7つの消化管運動改善薬を書きました。

胃の不調は、これら7つの内服薬の組み合わせでほとんどの患者さんの症状が改善されます。

胃酸分泌抑制薬については、消化管運動機能改善薬が併用されていれば使用してもしなくとも治ります。

胃酸分泌抑制薬は切れ味が良いので早期の胃の症状に即効性がありますが、メカニズムとしては非生理的です。

胃酸は食べ物を消化するために出ているので、胃酸を抑え込んでしまうと食べ物が消化されなくなります。

他院で強力な胃酸分泌抑制薬が処方されたものの改善せずに、困っている患者さんがとても多くいます。

これは「胃の症状の原因が胃酸ではなく、胃や食道の知覚過敏と胃の蠕動運動の低下により起きている」ためです。

これまで胃カメラを受けて食道や胃の粘膜がとてもきれいだった場合、「あなたは逆流性食道炎でしょう」と胃酸分泌抑制薬を処方されたことはないでしょうか。

一時的には症状が改善するけれども、飲まなくなると症状が再発するために薬が手放せなくなり半永久的に胃酸分泌抑制薬を内服している方が多くいます。

最近になり逆流性食道炎(特に食道や胃がただれていない場合)は、胃酸が原因ではなく食道と胃の知覚過敏によるものであると著名な先生方が学会で発表するようになりました。

知覚過敏は個人差があり、胃の不調を何も感じない人もいます。

知覚過敏がある人の特徴として、普段から「ストレスや不安・疲労」が蓄積されている方に多いことが分かっています。

「1億総ストレス社会」における現代において、胃の症状を感じる方は増加しています。

しかし医学研究も進歩しており、ストレスに対応する薬の見直しが始まっています。

「胃酸を抑える時代から食道と胃の知覚過敏を改善する時代へ」

胸焼け・胃痛・胃もたれの治療方針は、大きく変換しようとしています。

 

まとめ

0.器質的疾患を除外するために胃カメラを受けることは必須であり、食道・胃・十二指腸に潰瘍やがんができていないことを確かめる。

1.胃潰瘍や十二指腸潰瘍を治すためには胃酸分泌抑制薬(H2ブロッカーやPPI)を必ず使用する。

2.胸焼け・胃痛・胃もたれの症状の初期(特に胃カメラで食道や胃のただれがひどい場合)、胃酸分泌抑制薬を短期間使用すると切れ味がよく効果が高い。

3.慢性化している胸焼け・胃痛・胃もたれ症状に対しては、胃酸分泌抑制薬を投与することは効果に乏しいだけでなく非生理的であるため、かえって逆効果である。

4.胃の不調の原因は、胃酸ではなく食道や胃の知覚過敏と蠕動運動低下である。

5.消化管運動機能改善薬は食道や胃が本来持っていた「食べ物を運んで消化する」という機能を思い出させてくれることができる性質を持っているため、理にかなった症状の改善が期待できる。

6.今後、胃の不調に対する薬のファーストチョイスは消化管運動機能改善薬に変わっていくことが予想される。

 

漢方薬についてはドラッグストアで手に入りますから、病院に行く時間がない方でもご自身で胃の不調を改善できることがわかりました。

これまで書いていませんが、市販薬で胃の不調に一番効果があるのは「太田胃散」です。

特に太田胃散の会社とは縁がありませんが、患者さんのたくさんの情報から考えてやはりいい薬です。

昔からドラッグストアにひっそりと置いてある薬は、ある一定の確実な効果があるから置いてあるのだと思っています。

当クリニックは「苦しくない内視鏡検査」がモットーですが、胃カメラを受けたあとのフォローを一番大切にしていて、症状改善に対するサポートやアドバイスを行うことに力を注いでいます。

これまで胃カメラを受けたものの胃の症状の原因に対する説明がなく、胃の不調が改善していない方は、当院に相談してみてください。

まとめの1~6を実践するためには、0に書きました「胃カメラで悪い病気がないことが前提」になります。

もちろん胃カメラがキツくて受けたくない方も、当院にご相談ください。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。

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秋山 祖久総院長

国立長崎大学医学部卒業。
長崎大学医学部付属病院・大分県立病院など多くの総合病院で多数の消化器内視鏡検査・治療を習得。2018年11月より福岡天神内視鏡クリニック勤務。