「酪酸菌」は、腸内の善玉菌の1つです。善玉菌の代表と言えば「乳酸菌」や「ビフィズス菌」ですから、「酪酸菌」はあまり馴染みのない菌です。しかしながら最近にわかに注目されており、現在では「スーパー善玉菌」とも呼ばれるようになりました。
それでは、今回はこの「酪酸菌」についてのメリットとデメリットについて解説したいと思います。
上述の通り、「酪酸菌」は注目される善玉菌になりました。本屋に行くと「酪酸菌」関連の書籍はたくさんありますし、テレビでも取り上げられています。ドラッグストアでは、「酪酸菌」入りのサプリメントが売り切れる事態にまでなっているのです。
それでは、なぜこのように「酪酸菌」が注目されるようになったのでしょうか?その理由の1つとして、酪酸菌が日本人の腸の中にたくさん住み着いていることが判明したからです。
海外の研究によると、「ファーミキューテス門」に属する腸内細菌が多い人には肥満体型が多く、「バクテロイデス門」に属する腸内細菌が多い人には痩せ型体型が多いことから、日本では「ファーミキューテス門」を「デブ菌」、「バクテロイデス門」を「ヤセ菌」と呼ぶようになりました。このため、「ヤセ菌」を増やして「デブ菌」を減らすことが重要であると考えられるようになったのです。
ところが最近になり、この概念は日本人の腸内細菌には当てはまらないことが分かりました。「デブ菌」と言われていた「ファーミキューテス門」の中には、酪酸を産生する「酪酸菌」が多数含まれているからです。
それどころか、2021年には、日本人のうち「ヤセ菌」である「バクテロイデス門」が多い人の方が短命であるという研究結果も出ています。
以上より、現在では「デブ菌」「ヤセ菌」という概念はなくなっています。
それでは「酪酸菌」のメリット、デメリットについて解説していきます。
1 芽胞(がほう)というカプセルのようなものに菌の1つ1つが包まれている
酪酸菌は、「芽胞」というカプセルのようなものに包まれているため胃酸や熱に強く、また抗生物質にも強いです。生命力が強いので、生きて腸まで届きやすいと言われています。
このため、医師は細菌性腸炎の治療として、抗生物質と一緒に酪酸菌製剤を処方することが多いです。
短鎖脂肪酸の1つである「酪酸」を産生することができるのは、酪酸菌のみです。
また、酪酸菌は、自らこの「酪酸」を産生するだけでなく、乳酸菌が作った「乳酸」を使って「酪酸」を産生することもできます。
乳酸菌やビフィズス菌は、「乳酸」を産生しますが、人間はこの「乳酸」を吸収するのが苦手です。ところが酪酸菌により、「乳酸」を「酪酸」に変えることにより、効率的に吸収することができるのです。
3 「酪酸」が大腸の粘膜上皮細胞のエネルギーになる
大腸の粘膜細胞は、水分やミネラルを吸収したり、腸のバリア機能として働く粘液を分泌します。特にこの粘液ですが、腸漏れである「リーキーガット症候群」を防ぐ役割があります。酪酸菌が産生する酪酸が、この粘膜上皮細胞のエネルギーとなり、上記のような役割をこなすようになるのです。
腸のぜん動運動のエネルギーの7割を「酪酸」が担っています。「酪酸」が腸のぜん動運動のエネルギーになることで、腸のぜん動運動が促されます。つまり、酪酸菌を摂ることが、便秘の解消になると言われています。
上述したように、「酪酸」が大腸の粘膜上皮細胞のエネルギーになるのですが、これにより、腸の粘膜上皮に存在するIgA抗体が増えます。腸の粘膜からはウイルスや細菌などの異物が侵入しますが、このIgA抗体により腸の粘膜からの異物の侵入を防ぐことができるのです。
免疫力を調節する制御性T細胞を活性化することにより、強すぎず、弱すぎずのちょうど良い免疫力を保ちます。つまり、免疫力の暴走を防ぐのがこの制御性T細胞なんです。
ちなみにコロナで話題になった「サイトカインストーム(免疫の暴走により、正常な細胞まで攻撃する)」は、この制御性T細胞の活性が低下していることにより起こります。
「酪酸」が、大腸がんの細胞周期の抑制、血管新生の阻害などの作用があり、これにより大腸がんを抑制する効果があると言われています。
1 酸素が苦手であり、酸素がほとんど存在しない大腸にしか生息できない
このため、酪酸菌は小腸での働きはないと言われています。つまり、小腸にある免疫スイッチを押す機能はないことになります。酪酸菌は、大腸でしか活動できないのです。
ちなみに、乳酸菌は酸素は苦手ではないため、小腸でも大腸でもどちらでも働くことが可能です。
酪酸菌は酸素が苦手であること、また、酪酸臭という独特の臭いなどにより、酪酸菌が食べ物に含まれることはほとんどありません。糠漬けくらいではないでしょうか。
つまり、酪酸菌を食べ物から摂取することはまず不可能だと思ってください。
対して乳酸菌は酸素が苦手ではありませんので、様々な食べ物に含ませることができるため、気軽に摂取が可能です。
3 酪酸菌を摂り過ぎると、腸の粘膜免疫が逆に悪くなることがある
酪酸菌が産生する「酪酸」の濃度が高くなり過ぎると、腸の粘膜のバリア機能が破壊される可能性が示唆されています。
酪酸菌はもともと腸の粘膜のバリア機能を保つ作用がありますが、摂りすぎると逆に腸のバリア機能が破壊されてしまう恐れがあるということです。
Effects of butyrate on intestinal barrier function in a Caco-2 cell monolayer model of intestinal barrier. Luying Peng,et al; Pediatric research. 2007 Jan;61(1);37-41.
酪酸菌のメリットとして、大腸がんを抑制することを解説しましたが、近年、酪酸菌が大腸がんを増殖させるという研究データが出ました。ただし、これは口腔内の悪玉菌である酪酸菌が原因です。つまり、口腔内の悪玉菌の1つである酪酸菌が腸内に入り、それが原因で大腸がんを増殖せるという研究結果です。つまり、腸内に住み着いている酪酸菌ではありません。口腔内の環境が悪い方は要注意ですので、毎日歯磨きをして口腔内の環境を良くしていれば大丈夫です。
それでは、どのようにして酪酸菌を増やすのが良いのでしょうか?
上述したように、酪酸菌は酸素下の環境に弱いため、食べ物に含まれることはほとんどありませんので、食べ物から摂取するのは非効率的です。
酪酸菌が入ったサプリメントは非常に人気で、なかなか手に入れることができません。確かに、サプリメントだと手軽に酪酸菌を摂取することが可能ですが、1粒の中に含まれる酪酸菌の数は少な炒め、これも非効率的です。
それではどのような方法で酪酸菌を増やすのが効率的なのでしょうか?
それは、もともと腸内に持っている酪酸菌を増やせば良いんです。
日本人は欧米人と比べ、腸内の酪酸菌が多い人種と言われています。これは、日本人だけが持っている特性と言われています。
自前の酪酸菌を増やす方法は3つあります。
酪酸菌は水溶性食物繊維が大好物です。もち麦、玄米、海藻類などを積極的に摂取ことで、腸内の酪酸菌が増えてきます。
また、乳酸菌をたくさん摂取することにより、酪酸菌が数倍に増殖するという報告もありますので、合わせて乳酸菌も摂るようにしましょう。
定期的な運動をしている方は、運動不足の方と比べると、酪酸菌が優位に増えているという報告があります。
(1日60分の有酸素運動を週3回行うと、酪酸菌が増加する。Medicine & Science in Sports and Exercise50(4): 747(2018))
ビタミンDを摂取してビタミンDの血中濃度を上げると、腸内細菌の多様性が高くなるのですが、この中でも酪酸菌が優位に増えるという報告があります。
(原著論文:Nature communications. 2020 11 26;11(1);5997))
結論としては、
プロバイオティクスでしっかりと乳酸菌を摂り、プレバイオティクスで海藻類(水溶性食物繊維)をしっかりと摂る。
定期的な運動をする。
そしてサプリメントなどでビタミンDを摂る。
これらを行なっていけば、自前の酪酸菌を増やすことができます。
今日から早速始めてみましょう!
この記事を書いた人
秋山 祖久 医師
国立長崎大学医学部卒業。
長崎大学医学部付属病院・大分県立病院など多くの総合病院で多数の消化器内視鏡検査・治療を習得。2018年11月より福岡天神内視鏡クリニック勤務。