内視鏡医師の知識シリーズ
ENDOSCOPIST DOCTOR'S KNOWLEDGE SERIES

遺伝性のがん

胃や大腸には「遺伝性のがん」があります。
この特殊ながんの場合、若い年齢からがんを発症することが知られています。
今回は「遺伝性のがん」のうちから
➀遺伝性びまん性胃がん
②リンチ症候群
③家族性大腸腺腫症
を概説したいと思います。

➀遺伝性びまん性胃癌

【特徴】
遺伝性びまん性胃がんは、
生涯のうちに胃がんを発症する可能性が高い遺伝性のがんです。遺伝性びまん性胃がんにおける胃がんは「低分化腺がん」に分類され、明確な腫瘤は形成されず、がん細胞が胃壁に浸潤し、粘膜下で増殖することで、胃壁肥厚を引き起こすという特徴があります。

遺伝性びまん性胃がんでは、乳がん(乳腺小葉がん)、前立腺がん、大腸がんなど、胃がん以外のがんを発症するリスクが高い人もいます。遺伝性びまん性胃がんと診断された患者さんは、多くの場合、これらの関連のがんを発症した人が家族にいます。
遺伝性びまん性胃がん関連のがんは、50歳より前に発症することが多いとされています。

遺伝性びまん性胃がんは、
胃がんの1%未満であると推定されています。
通常、成人以降に発症し、好発年齢は30代後半~40代前半です。
大部分は40歳以前に発症、80歳までの胃がんの累積リスクは男女ともに80%と推定されるとのことです。

CDH1遺伝子の病的バリアントによる遺伝性びまん性胃がんは、常染色体優性遺伝形式で遺伝します。子どもが遺伝性びまん性胃がんとなる確率は50%です。

【診断】
遺伝性びまん性胃がんは次の1、2のいずれかの場合と定義されています。
  1. 一度近親者(両親、兄弟姉妹、子ども)または二度近親者(祖父母、叔父・叔母、おい・めい、孫)において、50歳以前にびまん性胃がんと診断された患者が2人以上いる
  2. 一度近親者または二度近親者において、3人以上のびまん性胃がん患者がいる。発症時の年齢は問わない
分子遺伝学的検査も行うことがあります。
【治療】
遺伝性びまん性胃がんと確定診断された場合、予防的胃全摘術が推奨されます。

遺伝性びまん性胃がんは、稀な胃がんです。さらに初期のがんを発見するには、専門的な知識と経験が必要です。消化器疾患に精通したクリニックで内視鏡検査を受けましょう。

②リンチ症候群

遺伝性大腸がんのひとつである、リンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス性大腸がん:Hereditary Non-Polyposis Colorectal Cancer:HNPCC)は大腸がんや子宮内膜、卵巣、胃、小腸、肝胆道系、腎盂・尿管がんなどの発症リスクが高まる疾患です。
全大腸がんの2-5%程度がリンチ症候群と考えられ、最も頻度が高い遺伝性腫瘍の一つとされています。

【リンチ症候群の特徴】
リンチ症候群は、大腸がんの若年発症、異時性あるいは同時性の大腸多発がんおよび多臓器がんの発症が特徴です。
リンチ症候群の平均発症年齢は43-45歳と考えられています。しかし、50歳以下で進行大腸がんと診断された場合、リンチ症候群を念頭においておく必要があります。
リンチ症候群の遺伝子変異を持つ人では、約80%が生涯の間に大腸がんを発症すると報告されています。
また、女性では、20-60%が生涯に子宮体がんを発症するとされています。

【リンチ症候群の遺伝形式など】
リンチ症候群の原因は、生殖細胞系列でのミスマッチ修復遺伝子(MSH2・MLH1・MSH6・PMS1・PMS2)の変異です。
リンチ症候群は常染色体優性遺伝形式を示し、性別に関係なく、子供に50%の確率で遺伝します。
リンチ症候群と診断するうえで、家族歴の聴取は極めて重要です。家族歴の聴取で、リンチ症候群かどうか、概ね予測できます。ご家族に50歳以下で進行大腸がんと診断された方がいた場合は、ご自身もリンチ症候群の可能性があります。

【リンチ症候群の検査・治療】
リンチ症候群では、発症前の大腸全摘出術は一般に行われていませんが、大腸がんを発症した際には多発がんの発症を視野に入れ、大腸亜全摘出術を検討することもあります。
リンチ症候群の方は、高率に大腸がんを発症します。

リンチ症候群の方の腫瘍の増殖速度は通常の大腸がんを遥かに凌駕します。
大腸内視鏡検査の間隔について、一定の見解はありませんが、6ヶ月毎の検査を推奨します。
また、胃がん・小腸がんの併発の可能性もあるため、総合的な検査・診療が重要です。

ご家族に大腸がんや子宮体がんの方が多いという方は、遺伝性の大腸がんの可能性があります。症状がなくとも、早めに大腸内視鏡検査を受けましょう。

③家族性大腸腺腫症

遺伝性大腸がんのひとつである、家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis:FAP)は、大腸の中にたくさんのポリープができ(100個以上の場合が多い)、やがてそれががん化することにより、大腸がんを発症する病気です。
一般の大腸がんに比べて、若い年齢で大腸がんになるのが特徴です。この病気の場合、10~20歳でポリープが出来始め、20代半ばで約10%、40歳で約50%、60歳で90%の方が大腸がんを発症します。
また、胃や十二指腸にもポリープが複数できることがあり、十二指腸がんもできやすいことが知られています。

常染色体優性遺伝の形式により遺伝します(親から子に2分の1の確率で受け継がれます)。

【症状】
無症状であることが多いですが、血便、下痢、腹痛などの症状が出ることもあります。
甲状腺腫(甲状腺癌),骨腫,軟部腫瘍(類表皮嚢胞やデスモイド腫瘍など)を合併し、症状が出ることがあります。
埋没歯,過剰歯,含歯性嚢胞,歯牙腫瘍などの歯牙の異常を呈することがあります。

【検査】
血液検査:大部分の症例では異常を認めませんが、大腸がんを合併すると高率に出血をきたして貧血となります。
大腸内視鏡検査:大腸に多数(通常100個以上)の腺腫性ポリープを認めます。大腸腺腫の数により,腺腫を数百個認める非密生型,5千個以上認める密生型,100個未満の減衰型,に分類されます。
上部消化管内視鏡検査:約半数の症例で多数の胃底腺ポリープを認めます。また,胃前庭部にはしばしば腺腫を認めます)。十二指腸の観察では高率に腺腫を認めます。
遺伝子検査:末梢血液を用いた遺伝子検査により,原因遺伝子であるAPCの変異を認めます。
小腸カプセル内視鏡:十二指腸以外にも,空腸および回腸にも腺腫ができる可能性が高いです。

【治療】
FAPと診断された場合、あるいは血縁者にFAP患者がいて遺伝子の変異を受け継いでいる可能性が考えられる場合には、10代から大腸内視鏡検査による検診を開始し、定期的にポリープの経過観察を行います。そして大腸がんが発生する前に予防的に手術を行い、大腸がんを防ぐのが一般的です。
また、胃や十二指腸にもポリープやがんが発生する可能性もあるため、上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)も1年程度毎に行い、必要に応じて治療を行っていきます。

ご家族に多数(50個以上)の腺腫性ポリープが見つかったという方は、家族性大腸腺腫症の可能性があります。症状がなくとも、早めに大腸内視鏡検査を受けましょう。
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この記事を書いた人

秋山 祖久医師

国立長崎大学医学部卒業。
長崎大学医学部付属病院・大分県立病院など多くの総合病院で多数の消化器内視鏡検査・治療を習得。2018年11月より福岡天神内視鏡クリニック勤務。