内視鏡医師の知識シリーズ
ENDOSCOPIST DOCTOR'S KNOWLEDGE SERIES

皆さんは「胃炎」と診断されたことはありますか?
「胃炎」と医師から診断されたことがある方は少なくないと思います。
実は、胃炎にはさまざまな種類があります。
その種類によって、内視鏡での見え方は違いますし、原因も異なります。
胃炎は急性胃炎と慢性胃炎に分類されますが、一般に胃炎というと慢性胃炎を意味します。

慢性胃炎

慢性胃炎は日本の診療では、大きく分けて3つの考え方で用いられてきました。
1 症候性胃炎
心窩部痛、胃もたれ、悪心など上部消化器症状(食道、胃、十二指腸などの症状)を訴える患者に病名として用いる場合。

2 形態学的胃炎
内視鏡やバリウム検査で、形態的異常(形の異常)を認めた場合。

3 組織学的胃炎
胃生検組織を採取し、組織学的診断(組織の顕微鏡検査による診断)を行う。

種々の理由や歴史的経過から、慢性胃炎の診断はH.pylori感染を考慮した病理組織学的胃炎を用いることが多くなりました。

胃炎のみならず、胃炎の分類方法も多く存在します。
私、個人としましては
胃炎研究会における胃炎分類(改正試案)(1995)
がわかりやすいと思い、紹介いたします。

胃炎研究会における胃炎分類(改正試案)(1995)

Ⅰ.基本型
(1) 表層性胃炎
(2) 出血性胃炎
(3) びらん性胃炎
(4) 萎縮性胃炎
(5) 疣状胃炎
(6) 化生性胃炎
(7) 過形成性胃炎

Ⅱ.混合型
表層性萎縮性胃炎
 萎縮性過形成性胃炎
 その他

Ⅲ.特殊型
上記が胃炎研究会における胃炎分類(改正試案)(1995)
における胃炎の分類です。

この分類だけでも多くの胃炎があることがわかります。

今回は、「Ⅲ.特殊な胃炎」
の一つである自己免疫性胃炎についてお話ししたいと思います。

StricklandとMackayが定義した胃炎の分類

まず、StricklandとMackayが定義した胃炎の分類があります。
A型胃炎(≒自己免疫性胃炎)とB型胃炎です。
形態だけでなく,機能面を考慮して作成された自己免疫という発生要因と炎症の局所解剖的な部位に着目し, 慢性胃炎をA型胃炎,B型胃炎に分類しました.

A型胃炎(≒自己免疫性胃炎)は

自己の壁細胞(胃酸を分泌する細胞)に対する抗体(抗壁細胞抗体)が作製される自己免疫機序が考えられています。炎症は胃体部(胃の上部2/3)が主です。

B型胃炎は

通常の萎縮性胃炎で,高酸を呈するため十二指腸潰瘍を発症します。炎症は前庭部(胃の下部1/3)から始まります。抗壁細胞抗体が陰性であること,胃体部(胃の上部2/3)に巣状の炎症がみられること,胃酸分泌が中等度に障害されることが特徴です。
B型胃炎は、胃体部には萎縮をきたさない、欧米に多い胃炎です。


自己免疫性胃炎は特殊な胃炎で、頻度は多くありませんが、近年注目されています。
以前は、稀な胃炎と言われていましたが、
内視鏡と診断学の進歩により、これまでの報告より頻度は高いのではないかと言われるようになってきました。

原因不明の貧血が自己免疫性胃炎の影響であったり、
慢性甲状腺炎や1型糖尿病、胃癌が自己免疫性胃炎と関連があったり、
ピロリ菌の除菌不成功が自己免疫性胃炎の影響であったり、

と意外と関連ある方がいるかもしれません。
頻度はそれほど多くありませんが、身近な胃炎ではないかと思っています。

前記の影響や関連がわかることにより
自己免疫性胃炎は適切な治療や経過観察が可能です。
特殊な胃炎ですが、自己免疫性胃炎を診断することは非常に意味があると思っています。

自己免疫性胃炎とは

炎症の主体が胃底腺領域(胃の上部2/3)で,高ガストリン血症(胃酸を産生するホルモン)を特徴とし,その発症には自己の壁細胞(胃酸を分泌する細胞)に対する抗体が作製される自己免疫機序が考えられています。
進行すると胃から酸が分泌されなくなり、身体に様々な影響を及ぼします。

自己免疫性胃炎による影響

➀貧血、②併発疾患、③泥沼除菌
などがあります。以下で詳しく述べます。

1 貧血

自己の壁細胞(胃酸を分泌する細胞)に対する抗体がつくられる

ビタミンB12や鉄の吸収障害

ビタミンB12 ⇩

胃壁細胞で産生される内因子 ⇩

巨赤芽球性貧血(悪性貧血)

となります。
胃や大腸から出血していなくても、貧血になります。
原因不明の貧血に自己免疫性胃炎が関与している場合があります。
内視鏡できちんと検査すれば、自己免疫性胃炎を疑うことができます。

2 併発疾患

自己免疫疾患
  甲状腺(慢性甲状腺炎, Basedow病)
  膵臓(1型糖尿病)
胃以外の悪性腫瘍
などを併発することがあります。
胃以外の病気にも気をつけなければなりません。

3 ピロリ菌除菌不成功が続く(泥沼除菌)

自己免疫性胃炎のため,胃内に全く酸がない状態となり胃酸による殺菌作用が失われる

ピロリ菌以外の他の細菌が棲息できる
(ウレアーゼ活性を有する細菌が存在)

ピロリ菌が感染した自己免疫性胃炎では、
一次除菌,二次除菌を経てピロリ菌が陰性になっても,
無酸のために尿素呼気試験(ピロリ菌除菌判定検査)は陽性が続き,
除菌失敗と判断されてしまいます.

さらに、二次除菌失敗した方の実に20%は自己免疫性胃炎だったという報告もあります。
二次除菌に失敗している方は、自己免疫性胃炎かもしれません。

自己免疫性胃炎の症状

自己免疫性胃炎の進行が高度になり,胃酸分泌の低下やビタミンB12などの吸収障害による症状をきたすまで,長期間にわたり無症状です

1 胃酸分泌低下による症状

胃排出障害による腹部症状や細菌による症状があります。

2 ビタミンB12低下による症状(悪性貧血)

貧血症状:動悸、息切れ
神経学的症状:手足の指のしびれ、歩行障害
消化器症状:舌が萎縮、平滑で発赤した舌、舌の灼熱感

3 鉄欠乏による症状  

動悸、息切れ

4 併発疾患による症状

1型糖尿病、自己免疫性甲状腺炎、白斑症の合併がある場合はそれらの症状がみられます。

自己免疫性胃炎の診断

内視鏡所見、組織所見、胃自己抗体(血液検査)を組み合わせて診断します。
上記がA型胃炎の方の典型的な内視鏡写真です。
左が胃体部(胃上部2/3)、右が前庭部(胃下部1/3)です。
胃体部には著明な萎縮がみられるのに対し、前庭部はほとんど正常な粘膜をしています。
通常のピロリ菌感染による萎縮性胃炎の所見とは対照的です。

自己免疫性胃炎の治療

悪性貧血に対し、鉄、ビタミンB12、葉酸の補充療法を行います。輸血を行わずとも、貧血が著明に改善することがあります。
自己免疫性胃炎は、カルチノイド(神経内分泌腫瘍)や悪性腫瘍(がん)発生のリスクがあるため、定期的な内視鏡検査を行います。

まとめ

自己免疫性胃炎は、無症状でゆっくりと進行するため、また,日本ではピロリ菌感染に伴う萎縮性胃炎を合併することが多く、自己免疫性胃炎ときちんと診断されていない場合が多いと思われます。
自己免疫性胃炎を適切に診断することで、悪性貧血に対し、鉄やビタミン B12 などの補充を早くから行うことが可能となります。

消化管出血のない原因不明の貧血や二次除菌を失敗している方は、自己免疫性胃炎かもしれません。ぜひ、内視鏡検査を行ってみてください。
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この記事を書いた人

萱嶋 善行医師

福岡大学医学部卒業。
福岡大学病院など多くの総合病院で消化器内視鏡検査・治療を習得。
病理診断にも研鑽を積む。2023年3月より福岡天神内視鏡クリニック勤務。