内視鏡医師の知識シリーズ
ENDOSCOPIST DOCTOR'S KNOWLEDGE SERIES

健康のカギは便にある?「便移植」の可能性について胃腸のプロが解説

医療分野において「移植」と聞くと、臓器移植や骨髄移植、皮膚移植といったものをイメージすることが多いと思いますが、「便移植」という言葉を耳にしたことある人はどれくらいいるでしょうか?そもそも便を移植するというイメージがつかない、という人が大半かもしれません。便移植はまだ実用的に行われているものではなく、大きな病院などで研究段階の治療法として、いまだ完治が難しい病気の治療に期待されているものです。

今回は、便移植とはどのようなものか、またどのような病気に便移植は効果が期待されているか詳しく解説していきます。

1. 便移植とは?

医学論文
便移植(FMT:Fecal Microbiota Transplantation)とは、健康な人の便を、病気を患っている人の腸に移植して腸内フローラを置き換えることで治療につなげるものを言います。便移植によって腸内細菌のバランスを回復させ、腸に関連する病気をはじめ、全身の健康状態を改善することを目的としています。

便移植の歴史はかなり古く、4世紀の中国ですでに食中毒の患者に健康な人の便を投与していたという記録があります。しかし、後にペニシリンなど抗生物質の誕生がきっかけとなり、薬のほうが効くことがわかって便移植は下火になっていきました。

しかし2013年にイギリスで感染性腸炎の患者さんに便移植を実施したところ、従来感染性腸炎の患者さんへの治療薬であるバンコマイシンと比較して便移植を行ったケースにおいて高い治療効果があった、という論文(2013年発表)が権威のある雑誌にて発表されました。このことがきっかけとなって便移植が注目されるようになり、さまざまな病気に対して便移植研究が世界中で行われるようになりました。

2. 便移植の方法

トイレ
便移植の方法は大きくわけて2つあり、口からカプセルに入れたものを投与する「経口投与」と、大腸内視鏡検査の際に便汁を散布して投与する「経肛門投与」があります。便を移植するといっても、直接便自体を口に含んだり、肛門から注入して移植するわけではありません。医療用生理食塩水を加え、フィルターで濾過して良質の腸内細菌を抽出したうえで上記の方法にて体内に取り込みます。

ちなみに日本では経肛門投与が主流です。

具体的な経肛門投与のやり方ですが、便移植を行う予定の患者さんに対してまず洗浄剤で腸の中を綺麗にリセットしてもらいます。これは大腸内視鏡検査の時と同様です。

次に3種類程度の抗生物質を内服してもらい、腸内細菌を全て死滅させて限りなく無菌状態にします。この抗生物質はかなり強力で、すべての腸内細菌を死滅させるぐらいの状態にするため、2週間程度長い期間薬を飲み続ける必要があります。

そして、最後にドナーから提供された便と腸内細菌溶液を大腸カメラを用いて腸内にばらまいていきます。これで患者さんの腸内フローラが置き換わっていき病気の治療につながっていくことが期待されます。

ちなみに口から投与する経口投与と肛門から投与・散布する経肛門投与は、現時点では効果に有意差はないと言われています。

3. 便移植で改善が期待できる病気や症状

患者に説明をする女性医師
便移植で改善が期待できる病気には次のようなものがあります。

3-1. 潰瘍性大腸炎

潰瘍性大腸炎は、大腸の内側の粘膜部分に慢性的な炎症や潰瘍が発生する原因不明の炎症性腸疾患です。自己免疫の異常や遺伝的要因、環境因子が関与すると考えられているものの、現在のところ正確な原因についてはまだ解明されていないため、症状緩和に便移植は効果があるのではないかと期待されています。

3-2. クローン病

クローン病とは、消化管のあらゆる部位に炎症を引き起こす慢性炎症性腸疾患のこと。特に回腸と結腸に症状が現れやすいのが特徴です。このクローン病の症状緩和にも便移植による治療が期待されています。

3-3. クロストリジウムディフィシル感染症(偽膜性腸炎)

クロストリジウムディフィシル感染症は、クロストリジウムディフィシルという細菌が引き起こす腸炎のことで、腸内フローラのバランスが崩れた際に起こります。そのため、腸内フローラのバランスを整えるために便移植が有効的ではないかと考えられています。

3-4. 非特異性多発性小腸潰瘍

非特異性多発性小腸潰瘍は、小腸に原因不明の複数の潰瘍が形成される腸炎性疾患の一種で、非常に稀な病気です。発生原因が不明であることから、便移植による治療での改善が見込まれています。

3-5. 腸管ベーチェット病

ベーチェット病とは全身性の炎症性疾患で、自己免疫の異常や血管炎が関与し、目、口腔粘膜、皮膚、関節など多臓器に影響を及ぼすものです。その中でも腸管に炎症や潰瘍が主に現れたものを腸管ベーチェット病と呼びます。発症原因としては遺伝的要因や免疫異常が考えられているものの、完全には解明されていません。そのため便移植によって改善が期待できるかの研究が今も続いています。

3-6. 過敏性腸症候群

過敏性腸症候群とは、腸に明確な異常や病変がないにも関わらず、慢性的な腹痛や不快感があり、便通異常を伴う疾患です。命に関わる病気ではありませんが、生活の質を低下させる要因とも言われており、便移植による症状改善が期待されています。

3-7. SIBO(小腸内細菌異常増殖症)

SIBO(小腸内細菌異常増殖症)とは、小腸内で本来少数しか存在しないはずの腸内細菌が過剰に増殖して消化吸収障害やさまざまな消化器症状を引き起こす状態のことを指します。長期間放置すると、栄養不良や腸の慢性的な損傷につながる可能性も指摘されているため、便移植などによる腸内環境の改善が見込まれます。

3-8. そのほかの症状について

そのほか鬱病にも便移植の効果があるのではないか?ということで現在研究が行われています。これは神経伝達物質の一種であるセロトニンが腸で生成されることから、腸内環境が変化してよりセロトニンが分泌されるようになれば、鬱も改善される可能性があります。

細菌の研究において、便移植は便の中に腸内細菌を散布するのが目的ではあるものの、便の中に存在する腸内細菌以外の非細菌要素にも治療効果がある可能性も示唆されています。たとえば、便に含まれている死んだ微生物やウィルスの破片、たんぱく質、代謝産物などが便移植の治療効果に関連しているとも言われてます。

ただし、便移植により腸内環境を良くすれば病態を良くすることができるのではないか?という仮説や希望的観測のもとで成り立っているものでしかなく、本当に効果的かどうかはまだ分かっていません。

4. 便移植がうまくいく条件

家系図
便移植はどういった人がうまくいくのか?その条件は大いに気になるところですが、最近の知見では、血縁関係のある家族、たとえば親兄弟がドナーであることが大きいようです。これは親兄弟の場合やはり腸内フローラが似ているためだと考えられています。

また、腸内環境にもよりますが患者さんとドナーの年齢差が少ないことも便移植がうまくいく条件に挙げられます。

さらに、誰に便移植しても高い治療効果を示すスーパードナーの存在も重要な要素のひとつとして考えられています。きちんとしたエビデンスはありませんが、何を食べてもお腹を壊さない人、またポジティブ思考な人がスーパードナーと言われています。

5. 便移植の副作用

お腹に手を当てる女性
便移植には少ないながらも副作用がいくつか報告されています。たとえば、発熱や下痢、腹部膨満などが挙げられますがそれぞれ数%程度とほんの僅かにすぎません。報告としては少ないことから比較的安全にできる治療と思われてはいるものの、欧米では死亡例が少なからず報告されていますので、絶対安全とはまだ言える状態にはないようです。

他人の異物(便)が体内に入ってくるわけですので、移植後の拒否反応が出てしまうことは当然ながらあり得ます。うまく適合しないときは副作用の症状が出たりすることも注意しなければなりません。

6. まとめ

高額な医療費
以上、便移植とはどのようなものか、どんな病気に便移植は効果が期待されているかについて紹介してきました。

便移植は日本においてはまだ研究段階のものとされており、保険診療としてはまだ認められていません。そのため高額な治療費がかかることもあって治療が一般的ではないのが現状です。しかし、研究が進むにつれこれまで原因不明とされていた潰瘍性大腸炎やクローン病などの改善に期待が持てる治療ということで、現在も病気に苦しんでいる人にとっては、便移植研究の今後に期待したいところです。

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この記事を書いた人

秋山 祖久医師

国立長崎大学医学部卒業。
長崎大学医学部付属病院・大分県立病院など多くの総合病院で多数の消化器内視鏡検査・治療を習得。2018年11月より福岡天神内視鏡クリニック勤務。